TF2 マップ制作記
2012~2013
TF2 の協力モード MvM(プレイヤー6人でロボット軍団を迎え撃つモード)用のマップを、自分で運営していた Sushi 鯖で回すために3枚作った——mvm_volcano_a4(溶岩)、mvm_labo_a1(研究所)、mvm_mountain_b3(山を防衛)。マップは Hammer という Source Engine 標準のレベルエディタで作る。ダウンロードは Gaming から。
mvm_mountain と mvm_volcano は、テストプレイにすぐ join してくれる SpaceMomonga さんのアドバイスを受けて作ったマップで、「このときのコミットメントがすごく大きかったですね」と一周年の日記に書いている。
作ってみて分かった大変さ
自作マップのプレイ回数が421回になったときの日記(2013年1月)に、マップ制作の地味な苦労が記録されている:
マップ作るのって意外とまじでめんどくて大変であるというのがよくわかって、たとえばbotの湧きタイミングの調整とか、botがスタックしないように見えない壁をせっせと設置したりとか、処理落ちしないように壁越しに見える必要のない部分にはnoclipっていう壁を設置することで、壁越しのオブジェクトを描画させないようにoptimizeしたりとか。
制作日記「Map作り」
MvM 登場直後の2012年9月から、「Map 作り#N」と題した制作日記を連載していた(#1〜#13)。#11 は mvm_volcano のコンセプトメモで、「RED チームが火山の内部に持っていた秘密基地に、ロボットが爆弾を持って攻め込んでくる」という設定と一緒に、こんな設計判断が書いてある:
溶岩ダメージは即死ではなくて火炎ダメージを数秒間耐えられるようにした。なぜかというと、溶岩エリアに落ちた味方をみてニヤニヤする時間的猶予を残すため。即死しちゃうと、溶岩でもがき苦しむ味方の姿をみることができない。
wave(押し寄せる敵の波)の設計は秒単位で組んでいた。mvm_mountain_b3 の wave7 の設計メモ(2012年9月25日)は「1秒後に buff banner soldier squads が4体 spawn → 2秒後に natascha giant×2(2箇所で)→ …… → 60秒後におそらくクリア」というスポーン表そのものが残っている。
ハマりどころの記録
- BOT が落ちる — 曲がり角で左側に落下する BOT が多発。nav mesh を
nav_splitで分割し、危ない縁にnav_avoid属性を付けて歩かせない手順を確立した(2012年10月1日) - バランス調整は永遠に終わらない — volcano の a1→a2 だけでも「Respawn Suicide バグを直した」「Engineer が強すぎるので Sentry Buster が湧く専用の場所を追加」「敵が落下死したときに bomb が近くに復活するようにした」(2012年9月30日)
- テストを速くする工夫 —
tf_mvm_jump_to_waveで任意の wave に飛び、世界の時間を倍速にして特定のラッシュまで早送りする、という検証手順を文書化していた(2012年9月24日) - エンジン側のバグも踏む — 制作中に TF2 本体のバグを何個も発見している。建築者のいない中立セントリーガンが敵を撃とうとするとサーバーごとフリーズする、セントリーガンは水中の敵に反応しない、テレポーター出口に物理オブジェクトがあると出口が壊れる(2012年9月26日)
- 道具も壊れる — 翌2013年、SteamPipe 化で Hammer Editor が新規マップ作成時にエラーを吐いて起動しなくなり、gameinfo.txt に
ToolsAppIdを設定して復旧した(2013年7月29日)
未完に終わった構想
作りかけ・構想止まりのマップもいくつかあった(マップ名は伏せる)。
- 月面防衛マップ — 累計3万人の記念に構想した宇宙の防衛マップ。月面をみんなで守る設定で、重力を通常の 1/6 にする案だった。操作感が変わるのは諸刃の剣だが、1枚くらいならスパイスとして効く——不評だったら重力は通常に戻して雰囲気だけ宇宙にする、という落とし所まで考えていた(2013年3月)
- 回転寿司マップ — Sushi 鯖そのものをモチーフにした4枚目の MvM マップ。回転寿司のレーンをロボットが寿司と一緒に回ってきて、Tank はレーンが止まるとマグロの中から現れる、という構想。BGM の選定、ボスの接近に合わせて窓ガラスが割れる演出、Amazon の箱を置く小ネタまでメモが残っている(2013年7月)
- 記念マップの宿題 — 4万人記念のマップは構想のまま実現せず、次の5万人記念でこそ作りたいと書いている。1枚仕上げるのに毎回1ヶ月ほどかかっていたためらしい(2013年7月)
マップを作るようになった頃の日記に、タイトルだけのこんな記事が残っている(2012年10月):
なんかもうゲームのマップ見ると、「よくこんなマップ作ったよなぁ」大変だったろうにとか思うようになってしまった。